まめ知識

トラックボールのしくみ 編

トラックボールの仕組みについて ちょっとだけつっこんで説明します。


トラックボールの構造

トラックボールはよく「ボール式マウスを逆さまにしたような構造」と説明されます。 でも、正確にはちょっと違います。

ボール式マウスは、ボールを床が支えるため、「ボール」とその回転を検出する「エンコーダ」だけで良いのですが、 トラックボールの場合更にボールを支える為の「支持機構」が必要になります。

この支持機構とエンコーダは繰球感に大きな影響を及ぼすため、 これによりトラックボールを分類することもありますが、 この2者はどうしても ごっちゃになることが多く、 「光学式トラックボール」を「光学式エンコーダ + 支持球による支持 のトラックボール」という意味で 使われることも多いです。

というわけで、支持機構とエンコーダについて、ちょっとだけ蘊蓄を傾けてみたいと思います。

ボールの支持機構

ボールの支持機構は、大きくわけて次の二通りです。

いずれの場合も、普通はボールに対して3点の接点を設けボールを支えます。 (なぜ3点かというと、3脚以上の足を持つ椅子は足の長さがシビアなように、 4点以上の接点を持つと接点が球面となるように調整するのが大変だからです。)

小球による支持

小球による支持は、トラックボールでもっとも一般的な方法で、 ゴムシャフト式エンコーダ全盛期も、現在の光学式エンコーダの時代もかわらず 使われ続けた方式です。

小球といってもエッジが滑らかでかつ接点が小さい形状で造りやすいのが球なだけで、 支持球自体は回転しません。また、円柱や半球の「支持球」も存在します。

固定された支持球をボールが滑る構成のため、 ボールの回転がとても安定していて回転ノイズが発生しません。 大玉 & 光学式エンコーダと合わせた際には、そのなめやかな繰球感はとても魅惑的です。

反面、支持球が摩耗しやすいという点や、静摩擦・動摩擦のギャップによって回りだしが多少カクンと来る点などの 欠点もあります。これら欠点は大玉ほど目立つため、 摩耗しにくく静摩擦の小さい素材の支持球を選ぶ必要があります。

人工ルビー支持球
人工ルビー支持球

支持球の材質は主に、

が使われます。

40mm程度のボールを持つトラックボールでよく見かける白い支持球は(おそらく)アルミナセラミック球です。 一方、大玉機に定番のピンクの透き通った支持球は人工ルビー(合成コランダム)です。

人工ルビーはモース硬度9と非常に堅く (= まず摩耗しない!)、また静摩擦も小さいことから トラックボールの支持球としては理想的なのですが、なにぶんお値段がかさむため、 支持球材質の影響が出やすく お値段も高めに設定できる大玉トラックボール以外ではまず使われません。

アルミナセラミックはファインセラミックスの中で最もポピュラーな素材で、 ルビーと同じ結晶(α-Al2O3)の焼結体なのですが、 こちらは非常に安価です。 安いのですが、機械強度、耐食性、耐摩耗性に優れた性質を発揮するそうでまさに理想の素材です。

小球支持はゴミに強く、汚れた場合もサッと小球を指で人撫ですれば良いだけなので、 メンテナンスがしやすいことも魅力の一つです。

支持球の硬さ・割れにくさについてちょっと補足

支持球の摩耗には、石英が多く関わってきます。 空気中の埃、塵には石英が多く含まれるますが、 石英は硬い物質なので 日常でも布で拭いたりするときでさえ、この石英がヤスリがけのようにモノを削っていきます。

一般的なステンレスは石英の1/5程度の硬度なのですが、 アルミナセラミックは石英のおよそ1.5倍、人工ルビーに至っては石英の2.2倍の硬さなので、 日常生活においてまず摺ることで傷が付くことは無いそうです。 つまり、日常の環境においてルビーやアルミナの支持球だんだん摩耗していくということは起きにくく、 金属球支持に対する大きなアドバンテージになります。

しかし、もちろん衝撃で欠けることはあります。 硬い硬いと言われるダイヤモンドも、実は衝撃に弱く割れやすい物質です。 この「割れやすさ」はじん性(粘りぽっさ)と言います。

コランダム(ルビー・サファイヤ)は硬度こそダイヤモンドにおよびませんが、 じん性は非常に高く、硬度・じん性において支持球としてうってつけです。 しかし、割れにくさについてはご存じのとおり金属は圧倒的で 無下に金属球はダメと言い切れるものでもないようです。

ベアリングによる支持

ベアリングによる支持は、ベアリングで直接(またはベアリングで支えられた金属シャフトで)ボールを支持する方式です。 この方式で有名なのは Kensington の ExpertMouseで、 その魅惑的繰球感にはファンも多いです。

ベアリング支持は、コロの原理で静摩擦を吸収するため回りだしが滑らかという特徴があります。 また、「ボールがなめやかに滑り出す」感触の小球支持に比べ、 ベアリング特有の回転ノイズが 如何にも「転がしている」という感触を造りだすため、 そのゴロゴロといった繰球感は、トラックボールの一つの頂点と成っています。

ゴムシャフト式エンコーダとの組み合わせ
ゴムシャフト式エンコーダとの組み合わせ

ベアリング支持というと、エンコーダも兼ねた機構を持つ Expert Mouseが有名な為、 支持機構とエンコーダが渾然一体となったイメージがありますが、 ちゃんと(?)他のエンコーダ方式との組み合わせも存在します。

ちょっとお安い大玉機では、支持機構のみベアリングとし、エンコーダはごく普通のゴムシャフト式のものを 使ったモノもあります。

こちらは、感触的には他のエンコーダ方式に大きく劣るものの、 それでも「腐ってもベアリング」な良好な繰球感があるのも事実です。 ただ、この組み合わせは基本的に過去のものとなり、新しくこの方式のトラックボールが 開発されることは無いと思われます。

光学式エンコーダとの組み合わせ
光学式エンコーダとの組み合わせ

一方、光学式エンコーダとベアリング支持を組み合わせたモノもあり、こちらはこれからのトラックボール方式として 期待がもたれます。

機械式エンコーダと比べるとどうしてもボール高が高くなってしまうのがデメリットもありますが、 なんといっても光学式ですし、ベアリングを支持に特化した位置に設置できるのも魅力です。 (ベアリング位置を支持に最適化できるメリットは、前述のゴムシャフト式エンコーダとの組み合わせでも そうですね。)

猫はベアリング支持のゴロゴロとした繰球感が大好きなのですが、 人によってはこの回転感触がノイズとしてしか感じられない方もいます。 ここら辺は好みの問題なので市場にはどちらもあって欲しいのですが、Kensingtonが小球支持に走ってしまった現在、 大玉 ベアリング支持トラックボールの未来はちょっと曇り模様かしら・・・。

ちなみに対摩耗性ですが、ベアリング式は摩耗箇所が分散するので摩耗耐性は非常に高いです。

エンコーダ

ボールの回転を検出する仕組みは、大きく分けて次の二つがあります。

前者は、繰球感に及ぼす影響の違いが大きいことから更に「ゴム巻きシャフト式」と 「ベアリングローラ式」に分けて説明します。

ゴム巻きシャフト式 2軸ロータリエンコーダ

ゴム巻きシャフト式 の説明の前に、まずは2軸ロータリエンコーダを使った ボール回転検出を説明します。

2軸ロータリエンコーダの基本原理
2軸ロータリエンコーダの基本原理

この方式は、ボールの回転を、ボールに接したX軸/Y軸方向に向いたの2本のシャフトの回転に置き換え、 そのシャフトの回転量から移動方向と移動量を検出する方式です。

シャフトの回転数の検出には、シャフトに取り付けられた光学式ロータリエンコーダを使うものがほとんどで、 羽根状に成型されたりストライプ模様が印刷された円盤を光学センサでサンプリングし、 単位時間あたりの遮光回数を数えることで回転量を検出します。

そしてX軸側とY軸側の回転量を合成することで、移動量と移動方向を割り出します。

一見シンプルに見えるこの機構ですが実際の所はかなりデリケートです。

例えばボールがX軸方向に回っている時はY軸移動量を検出するシャフトきちんと滑らないと、 ボールを回転がとても重く成ってしまいます。 ですので機構上、2軸シャフト式はシャフトがボールにグリップしすぎても、滑りすぎてもダメなので、 その調整は微妙です。

ゴムシャフト式エンコーダ
ゴムシャフト式エンコーダ

ゴムシャフト式は、ボール式マウスに使われているのと全く同じ仕組みで、 ゴムを巻き付け滑りにくくしたシャフトを バネの力で軽くボールに当てるタイプのロータリーエンコーダです。

ゴムシャフト式は通常、支持機構を兼ねません。 そのためシャフトを支える回転軸に摩耗対策(回転受にベアリングや摺動耐性のある素材を使わなくても良い)を施す必要がなく、 機構的に安上がりになります。

反面、ボールの重みや操作時の圧力によるグリップが期待できない本機構は、 グリップ力の強い(摩擦力の大きい)ゴムをシャフトに巻き付ける必要があるのですが、 これを適度な圧力でボールに押しつけるバネ機構の調整が難しく、 「ボールを回したのに回転を検出してくれない」「ボールの回転が重い」などの 不具合を出しやすいのも確かです。

また、ゴムローラにゴミが付着することでグリップ力が失われ、回転検出が上手く出来なくなってしまうため、 定期的な清掃が必要なのもマイナス要因です。

本機構は、一昔前の普及型トラックボールに多く採用されていましたが、 今では光学式エンコーダに置き換えられ、マウス同様今後は絶滅していく方向にあります。

ベアリングローラ式 2軸ロータリエンコーダ

基本原理は、前述のゴム巻きシャフト式と変わらないのですが、 その操作感の良さに特徴があります。

ベアリングローラ式エンコーダ
ベアリングローラ式エンコーダ

ベアリングローラ式は、ベアリングを直接 またはベアリングに支えられた金属シャフトを ボールに押し当てる方式の、2軸ロータリエンコーダをつかった回転検出方式です。

ベアリングローラ式エンコーダは、 ベアリングローラに対ししっかりとボールが押しつけられなければ成らないため、 原則的に、回転を検出するベアリングが支持機構を兼ねます。 そのため、ベアリングを支持機構と捉えた場合、エンコーダ自身はボールの回転に 影響を与えないとも言えます。

つまり、少なくとも回転感触的には光学式エンコーダに劣らないわけで、 マウスのように単純に「光学式が良い」と言えないのが、トラックボールの面白いところ。 ベアリング支持の圧倒的な気持ちよさ故、ベアリング式エンコーダを使ったトラックボールもまた、 ファンが多いのも事実です。 また、「光学式エンコーダ + ベアリング支持」に対しても、 ボールの設置高をギリギリまで低く出来ることや、 径さえ合っていればボールが交換できるという強みもあり、 今なお優れた一方式と言えます。

反面、回転検出と支持機構を兼ねるので、支持位置が不均等(120°毎に支持点が来ない)になるため、 特定方向へのボールの移動時にボールが跳ねるなどのデメリットが生じることもあります。

ゴミ問題については、もともと摩擦力の小さなローラをボールに触れさせる構造のため、 ゴムローラ式の様にゴミが付着すると回転が検出できなくなることは無いのですが、 支持機構を兼ねているので ゴミのせいで回転するとボールがガタつくため、 やっぱりお掃除は必要です。

光学式エンコーダ

光学式エンコーダはボールの回転を直接光学センサで検出するタイプのエンコーダで、 回転検出がボールの操作感に影響を及ぼすことのない優れた方式です。

光学式トラックボールのボール
光学式トラックボールのボール

基本的に光学式エンコーダは、光学式マウスと同じく短い時間で対象物の模様をサンプリングして比較する方法で 対象物の移動方向と移動量を検出します。 光学式トラックボールの場合、もちろんボールの回転を検出するため、 ボールに模様を設ける必要があります。

初期の(といっても現行ですが)光学式トラックボールでは、写真の様に ボールにあからさまに模様が印刷されていましたが、 デザイン的な要素や、赤字にポツポツという生理的嫌悪感を抱きかねない模様というハンデと、 光学エンコーダの性能向上により近年では メタリック塗装の金属粒子や、金属箔封入ボールの金属箔などを検出するなど、 より自然なボールに成ってきています。

最近のボール
最近のボール

光学式トラックボールは、前述の通りボールの回転感に全く影響を与えない仕組みのため、 支持機構の味を100%引き出すことが出来ます。

特に小球支持と組み合わせたときのボールの回転は特筆的で、 まったくノイズのない なめやかな回転感は素晴らしく、「光学式トラックボール」が好んで選択される理由の一つです。 他にもロータリエンコーダ式のようにエンコーダの掃除がいらないという メンテナンスフリーな点も強みの一つです。(が、もちろん支持機構はボールに触れるため清掃は必要)

以上の様にいいことずくめな様に見える光学式エンコーダですが、 やはりデメリットは存在します。

一つはエンコーダが回転感に影響を与えない為、 支持機構の悪い点も100%素通りにしてしまうことです。

例えば、小球支持との組み合わせの場合の回りだしの「カクッ」とくる感じや、 ベアリングローラ支持の回転ノイズ感がハッキリと感じられてしまうことです。

しかしこの問題は、光学式エンコーダのもたらすメリットの微々たる副作用です。

光学センサの「盲点」
光学センサの「盲点」

もう一つは、光学式エンコーダの設置位置の不自由さによる問題です。

光学式エンコーダにはボールの回転を検出の出来ない「盲点」が存在します。

光学式センサは ボールの1点のみを見てボールの回転を検出するため、観測点が 回転軸に近ければ近いほど回転が検出出来なり、遂に回転軸ではいくら回転させても全く回転の検出が出来なくなります。 逆に赤道面に観測点がある場合、センサの感度は最大になります。

つまり1つの光学センサによるボール回転の検出は、回転方向――センサ観測点に対する回転軸の角度で、同じ回転量でも検出される 移動量は異なってしまうという問題があります。

ただしトラックボールの場合、X-Y平面上の移動量のみ検出できればOKですので、 1つの光学センサで十分です。 しかしそのためには光学センサの観測点がX方向、Y方向ともに赤道面となる1点で無くては成りません。

光学センサの最適位置
光学センサの最適位置

光学センサが観測する最適な点とは、具体的にどこかというと、 ボールに手が触れる天辺の反対側の一点になります。

人がトラックボールを操作するとき手の触れる平面と平行に 「仮想ボールの転がる床」を想定するので、この床とボールの接点でボールの移動量と移動方向を検出するのが ベストです。 しかしこの位置が、トラックボールデザインに対して重い制約を課します。

大抵のトラックボールの場合この位置に光学センサを確保するには、真下でないにしろ、 ボールと筐体底の間に センサ基板を割り込ませるクリアランスを確保しなければ成りません。 つまりセンサーの分だけボールの高さが高くなってしまうわけです。

この問題は大玉トラックボールでは深刻で、 機械式エンコーダを使っていた頃はギリギリまでボールを下げられたのに、 それを光学式に変更するだけで、本体デザインは大変更を迫られます。 ボールの小径化やボール高を高くすること(→Kensington Expert Mouse 7)や、 「仮想ボールの転がる床」を大胆に傾けること(→Microsoft Trackball Explorer)、 筐体底面をセンサーの形にくり抜いてギリギリまでボール高を下げること(→macally QBALL)など、 各社、努力とアイデアでこの問題を解決しています。

もちろんこの問題は、光学センサを2つにしたり、 生じる移動方向ごとの移動量の差をソフト的に解決してしまうなどでも回避可能です。 また、観測点も「面」でみているため、軸付近でも回転量の検出は可能でしょう。

でも、天体の軌跡を想像してみれば解るように、赤道面から遠くなればなるほど、 まっすぐな移動なのに模様の軌跡が弧を描くようになり(北極星の回りの星の軌跡みたいに)、軌跡の長さも短くなります。 精度の問題もありますし、これを元に、回転量・回転方向を算出するのはちょっと大変そう。 今のコントローラではちょっと負担が大きすぎる様です。

なので、今の光学式トラックボールは大抵モアベターな位置に光学センサーが陣取っています。 ここら辺は未来のトラックボールに期待というところかしら。

でも、中にはこの問題を豪快に無視してとんでもない位置に光学センサを取り付けてしまった機種もあるのよね。(^^;

静摩擦・動摩擦

さて、以上がトラックボールの構造についての説明でしたが、 その中で頻繁に出てきた「静摩擦」とそれに対する「動摩擦」について 説明する必要がありそうです。 猫も「つまみ食い物理」なので、ちょっと内容に不安はありますが、えっと、そこは「なんとなく正しい風」程度に 捉えてもらえると嬉しいです(^^;

トラックボールは転がすもの・・・。とはいえ、同じ場所で転がり続けるには やっぱりどこかで滑らないと駄目なわけで、 トラックボールの肝はボールとそれに接している部分の摩擦を如何に押さえるか という所になってきます。

摩擦を十二分に下げていくと問題になってくることは、 止まっているモノを動かすときの摩擦力と、既に動いているモノに働く摩擦力の大きさは違うということです 前者を「静摩擦(静止摩擦)」、後者を「動摩擦(運動摩擦)」といいます。 そして静摩擦は動摩擦よりも大きいのです。

静摩擦と動摩擦の「ギャップ」は、トラックボールの回りだしに大きな影響を与えます。

静摩擦は動摩擦より大きいので、静止状態のボールを回そうと力をかけ、いざ回り始めると 急にボールの抵抗が軽くなるためちょっと動かしたいだけでも「カクンッ」と一気に動いてしまいます。 これは止まったり動いたりを繰り返す細かい操作を行うときに、とても鬱陶しいです。

では、摩擦力を小さくするにはどうしたら良いかというと、人類の大発見「コロの原理」があります。 コロ――すなわち 転がり接触運動は 摺らないでモノを移動するのですべり摩擦(動摩擦・静摩擦)は発生しません。 この状態の時の摩擦は「転がり摩擦」と言って、すべり摩擦より遙かに小さいです。

ベアリング支持は すべり摩擦を最小に押さえるため、 静摩擦による動きだしと動いたあとの摩擦力のギャップがとても小さくなって、 結果 転がりだしが滑らかになります。 (ただ、3点のベアリング回転方向が別々なためどうしても「すべり」が発生します。) また人脂による潤滑効果も 油脂分子によるベアリング効果で摩擦を軽減する仕組みなため、 「馴染んだ」小球支持のトラックボールは「カクンッ」としにくくなります。

ただ、「だったらベアリング支持のほうが小球支持より回転がかるいのね。」というとそうでもなく、 ルビー小球支持の大玉トラックボールでは、いったん転がり始めると信じられないくらい軽やかに回り続けます。